Japanische Klassiker mit Furigana
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あなんとじゅじゅつしのむすめ
阿難と呪術師の娘
岡本 かの子
Lesen Sie 阿難と呪術師の娘 (あなんとじゅじゅつしのむすめ) von 岡本 かの子 (おかもとかのこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 28.425 Zeichen · 58 Bildschirme
迷いと覚りの関係も丁度そのようなものである。悟が先にあって迷いを打退けるのではない。迷いさえ退けばそこに自然と悟りが明るみを増して来るのだ。日出でなばすべての色像を現わし、池を照し蓮華を開かせる。
わしは昨日舎衛城へ行って演若という気狂いの話しを聞いた。そうだ、あれをお前達に今話して聞かせよう。演若は或朝、鏡で顔を映して見た。粗忽にも鏡の見当を間違えて、自分の頭や顔を鏡の中へ映し入れなかった。
演若は鏡の中に頭の無いのに驚いて、自分を化物と思い込んだ。それから彼は気狂いになった。城の中で誰知らぬものも無い程、わめき廻って彼は自分の頭を探した。
演若の頭は矢張り自分の胴の上について居るのだ。彼は心の迷いからそれを無いものと思い取った。
然し気が付けば頭は矢張り自分の元の処に在る。
われわれ人間が生命を自覚するということも丁度それと同じである。生命と云っても別に他から取り付けるようなぴかぴか光ったものがある訳ではない。人々に備わって居る所の精神、肉体、この価値を曇りなく認めることが生命である。認めて、過不及なく使って行く事が生命である。
演若は自分の粗忽から、自分で自分の頭を失うたと思った。