Japanische Klassiker mit Furigana
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かまをきずいてしりえたこと
魯山人陶説
北大路 魯山人
Lesen Sie 魯山人陶説 (かまをきずいてしりえたこと) von 北大路 魯山人 (きたおおじろさんじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 46.780 Zeichen · 98 Bildschirme
花鳥とか人物を絵で表現するという美術の心に帰着するので、美的価値がなかったら、陶器と雖も、絵画と雖も何の価値もないことになります。しかし、長次郎の茶碗は美的価値をもっています。他の個人作家に比べて、特にこの点秀れていると見るのです。
「陶器のことは全然わからんね」
なんと言う人がおりますが、陶器だって絵だって同じなのです。陶器がわからなければ絵もわからない。絵がわからなければ陶器を見たってわかりはしない。同じ美の観点から出発していますが、美というものがはっきり掴めていないとその意義ある区別がわからないのです。南画が出れば南画で感心しているし、木米が出れば木米で感心しているし、保全が出ても穎川が出ても、何でも感心しておる。程度で言うと、その美しさの位置付けはどうなのだと言っても、なかなかそれが答えられない。大観も栖鳳もみなうまいと言う。それではどれが一番うまいのだかわからない。一番値の高いのが一番うまいとして安心しているらしい。これは現存している人にはいろいろ情実がありますから、そう簡単には決めかねるのです。そこで事が面倒になるのですが、長次郎と雖も、そう大層に考えないで、五十の人を六つか七つ重ねると、その時代が出て来るのです。