Japanische Klassiker mit Furigana
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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
Lesen Sie 鳴門秘帖(一) (なるとひちょう) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 262.100 Zeichen · 523 Bildschirme
「弦之丞様、弦之丞様、……アア、どうしたんだろう、私の心は? どうしてこの名がこんなにも、私の心へ焼きついてしまったのかしら。たッた一夜同じ家に夜を明かしただけの人が、こうも忘れられなくなるものかしら? ……」
出戻りの女にあり勝ちな強烈な恋。分別もあり男の苦労も一通りは舐めながら、押し伏せている情血の沸りに駆られて、吾から囚われてゆくあぶない恋。
「つまらない! アア淋しい。弦之丞様というものを見たばかりに、あの人が去った後の私の家は、まるで伽藍か墓場のよう……」
軽い咳がこみ上げてきた。細ッそりとした肩のあたりで箪笥の鐶が揺さぶれる。と、二ツ三ツ咽びながら、お米は小菊紙を出して口を押さえた。
離してみると、紙に滲んだ桃色の唾――人にきらわれる癆咳病みの血――。だが、彼女の目には若い血の疼きがそこへ出たかと見える。
「恋をするのも今のうち。どうせ私は、永いことのない命だもの! そうだ、これから大津へ行ってみよう」
ふらふらと立ち上がった。
「だけれど? ……」パラリと落ちた足もとの櫛をみつめて、お米はまたふいと迷いもした。
「せっかく、家中の者が心配して、人目につかないように、江戸のお方や弦之丞様を、大阪から離れた隠れ家へやってあるものを、私が出入りなどすれば、また蜂須賀家の侍が嗅ぎつけようも知れないし……。