Japanische Klassiker mit Furigana
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はいくとはどんなものか
俳句とはどんなものか
高浜 虚子
Lesen Sie 俳句とはどんなものか (はいくとはどんなものか) von 高浜 虚子 (たかはまきょし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 51.046 Zeichen · 99 Bildschirme
写生ということはこの自然を偉大とし創造的とし、変化に富んだものとする信仰の上に立つのであります。すなわち我等の小さい頭ではとても新しい変化のあることを考え出すことはできない。変化のある新しいことを見出すのには自然を十分に観察し研究する必要がある、この自然の観察研究からくる句作法を私共は写生と呼んでいるのであります。
私は其角の鶯の句も単に心の喜びを表わす和歌などと違って形を描く方面に一歩を進めていることを前にお話しましたが、しかし「身を逆様」というようなことはその時も申しましたようにすでに多くの画家などの研究していた形であって、其角は無声の画を有声の詩に翻訳したというにすぎない程度のものでありますが、この凡兆の句になりますと全然旧を脱した清新な句で、とても机上でこしらえあげた句でなく写生の句であります。其角の句が当時にあって芭蕉などを驚かし「晋子(其角)の俳諧は伊達風流にして作意の働き面白きにあり」などと言わしめたにかかわらず何だかまだ一皮脱し得ない古臭を帯びているのに対し、凡兆の句は大方清新にしてしかもどことなく大きいところのある――仮りに彫刻にたとえていえば鑿の使いようがずばずばとくったくなく大きい――というのも畢竟この写生からくる強味なのでありましょう。