Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

ja-reading.com

Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.

はいくはかくかいしかくあじわう

俳句はかく解しかく味う

高浜 虚子

Lesen Sie 俳句はかく解しかく味う (はいくはかくかいしかくあじわう) von 高浜 虚子 (たかはまきょし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 73.016 Zeichen · 144 Bildschirme

Aozora Bunko

仮に「雛店の片隅に在る手毬かな」とでもいったものと仮定して見ると、同じ景色を捉えて来たには相違ないが、句の価値は数段の相違がある。「片隅に在る手毬かな」といっただけでは唯片隅に手毬があるという事だけが説明的にわかるばかりで、雛や手毬についての美しい聯想が浮んで来ぬ。唯「彷彿として」という中七字があるために句の美しいことまた手毬の美しいこと、また共に美しい中にも場処の広狭、品位の高下、美しさの主客等が自然に聯想されて来るのである。雛店がある。雛人形や雛道具が美しく飾り立てられてある、その一方に手毬がある、さてその手毬も赤や青やいろいろの糸で綺麗にかざられているのが、雛様の美しいのとさも似ている、どこか雛の面影をうつしたように見える、何だか雛様の影法師が其処に映っていてそれが手毬になっているような心持がする。孔雀の傍に鶏がいるような感じで、孔雀と鶏との間に品位や美しさの相違はあるが、しかし孔雀の傍にむぐらもちがいるような相違ではない、どこかに相似た点がある。雛と手毬との関係はあたかも孔雀と鶏との関係のようなものである。「彷彿として」というのは其処の心持をいったのである。