Japanische Klassiker mit Furigana
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「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
Lesen Sie 先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選 (「やまとみんぞく」とはなんぞや) von 喜田 貞吉 (きたさだきち) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 195.063 Zeichen · 389 Bildschirme
二 倭国と云う名称
その後「日の本のヤマト」なる枕言葉の「日の本」が、直ちにヤマトの語を表わす文字として使用せられ始めて、唐との交通に際してもその文字が我が国号として用いられ、唐人はそれを自国の字音のままに音読して、ニッポンの名が始めて世界的に認められたものであったと解せられる。かくて我が国でも、いつしかその文字に重きを置きてこれを音読し、さらにその発音を和らげてニホンと呼び、双方並び行われて今日に及んでいるのである。すなわち左に我が国号が、古来いかなる変遷を経て、以て今日に至ったかを叙述しよう。
二 倭国と云う名称
我が国家が始めて直接に支那の国家と交渉を持つに至ったのは、我が国では応神天皇の御代、支那では東晋の末であった、爾来、宋・斉・梁等の、所謂南朝の諸国と交通を重ねたが、その後国交中断すること百余年。隋起って南北両朝の諸国を統一するに至り、推古天皇は久し振りに小野妹子を遣わして、さらに国際間の好みを通ぜしめ給うたのであった。この時の我が国書には、「日出処の天子書を日没処の天子に致す、恙なきや」とあったという。しかしながら、隋においては古来の伝統によりて依然我が国の事を倭国と称していたのであった。