Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
『わがはいはねこである』じょうへん
吾輩は猫である
Lesen Sie 吾輩は猫である (『わがはいはねこである』じょうへん) von Natsume Sōseki (夏目 漱石) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 322.123 Zeichen · 643 Bildschirme
すべからく道え、天地と我と什麼の交渉かある。……始めて海鼠を食い出せる人は其胆力に於て敬すべく、始めて河豚を喫せる漢は其勇気に於て重んずべし。海鼠を食えるものは親鸞の再来にして、河豚を喫せるものは日蓮の分身なり。苦沙弥先生の如きに至っては只干瓢の酢味噌を知るのみ。干瓢の酢味噌を食って天下の士たるものは、われ未だ之を見ず。……
親友も汝を売るべし。父母も汝に私あるべし。愛人も汝を棄つべし。富貴は固より頼みがたかるべし。爵禄は一朝にして失うべし。汝の頭中に秘蔵する学問には黴が生えるべし。汝何を恃まんとするか。天地の裡に何をたのまんとするか。神? 神は人間の苦しまぎれに捏造せる土偶のみ。人間のせつな糞の凝結せる臭骸のみ。恃むまじきを恃んで安しと云う。咄々、酔漢漫りに胡乱の言辞を弄して、蹣跚として墓に向う。油尽きて灯自ら滅す。業尽きて何物をか遺す。苦沙弥先生よろしく御茶でも上がれ。……
人を人と思わざれば畏るる所なし。人を人と思わざるものが、吾を吾と思わざる世を憤るは如何。権貴栄達の士は人を人と思わざるに於て得たるが如し。只他の吾を吾と思わぬ時に於て怫然として色を作す。