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Japanische Klassiker mit Furigana

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てつがくにゅうもん

哲学入門

三木 清

Lesen Sie 哲学入門 (てつがくにゅうもん) von 三木 清 (みききよし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 110.592 Zeichen · 219 Bildschirme

Aozora Bunko

四 経験

現実を離れて論理はなく、論理は現実のうちにあるのである。

四 経験

環境について知識を得る日常の仕方は経験である。我々は先ず経験によって知るのであって、経験は知識の重要な源泉である。けれども経験を単に知識の問題と見ることは種々の誤解に導き易く、それによっては経験的知識の本性も完全に理解されないであろう。経験を唯一の基礎とすると称する経験論の哲学が、経験を心理的なもの、主観的なものと考えたのも、それに関聯している。知識の立場においては、経験の主体即ち知るものは心或いは意識であって、経験はそこに生じそこに現われるものと考えられるであろう。しかしながら現実においては、経験は何よりも主体と環境との行為的交渉として現われる。経験するとは自己が世界において物に出会うことであり、世界における一つの出来事である。経験は元来行為的なものである、経験によって知るというのも行為的に知ることである。経験するとは自己が環境から働きかけられることであって、経験において自己は受動的であるといわれるであろう。経験論の哲学が感覚とか印象とかを基礎とするのも、そのためである。かように受動的状態を重んずるのは、対象を自己に対して働かさせようとするものであって、経験論の動機も実証的或いは客観的であろうとするところにある。