Japanische Klassiker mit Furigana
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あづまばし
問はずがたり・吾妻橋 他十六篇
永井 荷風
Lesen Sie 問はずがたり・吾妻橋 他十六篇 (あづまばし) von 永井 荷風 (ながいかふう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 75.586 Zeichen · 159 Bildschirme
常盤座の向側はルナパークで、その以前には人工の富士山があった。興行町の広い通はその辺で行留りになり、そこから細い路地のような横町を抜けると表通の古書肆浅倉屋の近くに出るのだ。明治四十年頃には映画館は既に盛であった。安来節の踊や泥鰌すくいの流行ったのは大正になってからだろう。委しいことは知らない。その時分現在の松竹座は御国座という芝居で、沢村訥子の一座がかかっていた。大正十年頃に自火で焼けて新築してから松竹座になった。松竹少女歌劇の初めて興行されたのは松竹座だ。公園劇場だったか観音劇場だったかはっきり覚えていないが、大正時代に今の大勝館の裏あたりにも劇場があって一時中村又五郎が明治座の左団次一座から分れて一座をつくっていた事もあった。公園裏の宮戸座は明治三十年頃に新しく出来た芝居で、初は伊井蓉峰一座が掛っていたと思う。大正の初頃には旧派に代って源之助翫五郎鬼丸秀調などが掛っていた。活動と芝居とを一所にした連鎖劇というものも掛っていた。
公園内外の料理屋や飲食店は大正十二年の地震までは数も多いし繁昌もした。料理屋では花屋敷の近くの松島が会席茶屋で人に知られていた。