Japanische Klassiker mit Furigana
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ぜんのけんきゅう
善の研究
西田 幾多郎
Lesen Sie 善の研究 (ぜんのけんきゅう) von 西田 幾多郎 (にしだきたろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 123.777 Zeichen · 243 Bildschirme
また知的直観とは事実を離れたる抽象的一般性の直覚をいうのではない。画の精神は描かれたる個々の事物と異なれどもまたこれを離れてあるのではない。かつていったように、真の一般と個性とは相反する者でない、個性的限定に由りてかえって真の一般を現わすことができる、芸術家の精巧なる一刀一筆は全体の真意を現わすがためである。
知的直観を右の如く考えれば、思惟の根柢には知的直観なる者の横わっていることは明である。思惟は一種の体系である、体系の根柢には統一の直覚がなければならぬ。これを小にしては、ジェームスが「意識の流」においていっているように、「骨牌の一束が机上にある」という意識において、主語が意識せられた時客語が暗に含まれており、客語が意識せられた時主語が暗に含まれている、つまり根柢に一つの直覚が働いているのである。余はこの統一的直覚は技術の骨と同一性質のものであると考える。またこれを大にしては、プラトー、スピノーザの哲学の如き凡て偉大なる思想の背後には大なる直覚が働いているのである。思想において天才の直覚というも、普通の思惟というもただ量において異なるので、質において異なるのではない、前者は新にして深遠なる統一の直覚にすぎないのである。