Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
そうせきしとわたし
回想 子規・漱石
高浜 虚子
Lesen Sie 回想 子規・漱石 (そうせきしとわたし) von 高浜 虚子 (たかはまきょし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 115.187 Zeichen · 231 Bildschirme
雑誌を五十二銭にうる位の決心があるなら編輯者も五十二銭がたの意気込みがないと世間に済みませんよ。いやこれは失敬。
僕試験しらべで多忙。しかも来客頻繁。どうか春晴に乗じて一日川があって帆懸舟の通る所へ行って遊びたい。それから東京座の二十四孝というものが見たい。今月は『新声』でも『新潮』でも手廻しがいい。みんな三月中に送って来た。これを見ても『ホトトギス』は安閑として居てはいけない。然しそれは漱石の原稿がおくれたからだと在っては仕方がない。恐縮。
藤村の『破戒』という小説をかって来ました。今三分一ほどよみかけた。風変りで文句などを飾って居ない所と真面目で脂粉の気がない所が気に入りました。何やら蚊やら以上。
四月一日金
虚先生
○
明治三十九年四月四日(葉書)
「畑打ち」淡々として一種の面白味あり。人は何だこんなものと通り過ぎるかも知れず。僕は笹の雪流な味を愛す。ただ学士の妻になり損なったものが百姓になって畠を打つほど零落するのは普通でない。「小説家」という文はわる達者である。「寮生活」も多少軽薄也。しかも両篇とも僕の文に似て居るから慚愧の至りだ。