Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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わたしはかいぎはだ

平凡・私は懐疑派だ

二葉亭 四迷

Lesen Sie 平凡・私は懐疑派だ (わたしはかいぎはだ) von 二葉亭 四迷 (ふたばていしめい) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 19.626 Zeichen · 41 Bildschirme

Aozora Bunko

我々が斯うして生きてるのは即ち「アンノーン、ハッピネス」じゃないか。ただ気が付かずに迷ってるだけだ。聖人は赤児の如しという言葉が、其に幾らか似た事情で、かねて成り度いと望んでた聖人に弥々成って見れば、やはり子供の心持に還る。これ変ったと云えば大に変り、変らんと云えば大に変らん所じゃないか。だから先きへばかり眼を向けるのが抑の迷い。偶には足許も見ては何うか。すると「いや、此儘で幸福だ」というような事がありはせんか、と、まア思うんだな。

私は何も仏を信じてる訳じゃないが、禅で悟を開くとか、見性成仏とかいった趣きが心の中には有る。そんなら今が幸福だと満足して、此上に社会改良も何も不必要かと云うに然うでもない、大変パラドクサルになって了って……ある意味じゃ此儘幸福だが、他の意味じゃ不幸福だ。一見矛盾しているようだが私の心では為て居らん。ここが象徴派と同じ所へ来ている証拠じゃないかと思う。だから人が文学や哲学を難有がるのは余程後れていやせんかと考えられる。第一其等が有難いと云うな、偽の有難いんだ。何となれば、文学哲学の価値を一旦根底から疑って掛らんけりゃ、真の価値は解らんじゃないか。