Japanische Klassiker mit Furigana
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わがじんせいかん
我が人生観
Lesen Sie 我が人生観 (わがじんせいかん) von Sakaguchi Ango (坂口 安吾) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 10.735 Zeichen · 22 Bildschirme
真冬はやれないが、春から秋まで、時には初冬まで、やる。
事の起りは、戦争中、燃料が不足して風呂がわかせなかったことと、銭湯が休業がちであったことが原因だが、元来が、夏になると、日に何回となく水風呂をあびて暑気を払う習慣があったのを、風呂代りに冬まで延長したのである。
その家は水道がなくて井戸水だったから、夏ですら水につかった瞬間にはドキリとするが、秋から冬には同じ瞬間に失心状態となる。意識が冷感の彼方に距てられ、霞んでしまう。一分二分と失われた意識が次第に霞を払いながら戻ってくると、一時はいくらかの爽快感にひたる何分何秒かがあるのである。そのうちに、骨にまで寒気が徹して、たえがたくなって、とびだす。とびだしたとたんに今度は完全に気を失って、ボーとかすみ、ヘタヘタくずれて膝をつき、背中をまるめて、前方へのめっていたことがある。どれぐらい気を失っていたか知らないが、何年かの十二月六日だった。それ以来、冬はやらないことにして、だいたい十月一ぱいぐらいで打ちきることにした。
七ヶ年もこんな荒っぽいことをしていたから、腰を冷やす段ではない。全身を冷やしつづけたワケで、精子というものが冷気で死ぬなら、とっくに死んだであろう。