Japanische Klassiker mit Furigana
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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
Lesen Sie 我が愛する詩人の伝記 (わがあいするしじんのでんき) von 室生 犀星 (むろうさいせい) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 116.728 Zeichen · 231 Bildschirme
百田には幾らかの気障と構えとがあって、お喋べりもまたそれに準じているが、伊藤は開け放しで内剛外柔で構えは羞かしそうなことを、匿さずにいた。百田は羞かしいことは現わさないし、内柔外剛のトンチンカンを持っていた。この二人を見ていると作家詩人というものの生き方がよく判るし、その生き方で大成するしないかも判然として来る。百田宗治はばかばかしい事をする人ではない、美人は美人と判断をつける前によく心で研究する人である。たとえば私なぞは判断も何もしないで、すぐ好きな人にかぞえるウワキがある。よく知らないが伊藤整にも大胆な正直さがあるとすれば、すぐ消散するウワキの花火をつけて眺める人であるかも知れぬ。
百田宗治のりこうさには私は敵わないが、りこうさがいつも小さく纏っていたため、初期の詩に見る生硬さが発展の邪魔立てをしていたように思われる。硬さが必要であったこの時代ではあったが、柔らかい物とうまく融かせることを彼はわすれていた、というより気づかずにいたのだ。つまり詩には沢山の才華がいるはずなのに、彼はその何本かを頭に用意することがなかったのである。
併しこの詩人が大阪から出版した、『一人と全体』