Japanische Klassiker mit Furigana
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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
Lesen Sie 我が愛する詩人の伝記 (わがあいするしじんのでんき) von 室生 犀星 (むろうさいせい) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 116.728 Zeichen · 231 Bildschirme
娘はそれから二ヵ月寝込み、その間に百田の病勢は悪くなる一方であった。どうかすると精神的にあやふやな一日もあり、また確かりしている日もあるらしかった。秋も深くなり誰々が見舞うたが、もう、だめだという消息を聞いているうちに昭和三十年も十二月にはいった十二日に、死去の電報をうけ取った。娘の盲腸炎は手術しないで抑えたが、恢復して外出が出来るようになったものの、八時間のがたがた列車に乗る冒険は、こんどは控えさせ、私は勿論出かけられなかった。電報の報せを机の上の原稿紙の下に敷いて、一日私は為すこともなくあやふやに送り、あとに残っている奴はおれくらいかと、いつもおなじ浅ましい感慨にふけった。
百田に「嬰児」という詩があった。――(私は、大阪の、みすぼらしい小商人の家の末つ児に生れた。上るとキイキイ音のする古い梯子段の下で、私はいつも固い木箱に入れられたまゝで育つた。(中略)然しやつぱり私は泣き出した、一生懸命に身をもがいて、窮屈な木箱から外に出ようと、私はそればかりにかゝつてゐた。)と、書いている。何の動機でこういう詩を書いたか判らないが、彼の死後、この詩を読むと、死とともに漸く六十年の後につながりを見せていて、こんな詩も書いてあって好いとも思われ、また、書かなくともよかったようにも思われた。