Japanische Klassiker mit Furigana
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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
Lesen Sie 我が愛する詩人の伝記 (わがあいするしじんのでんき) von 室生 犀星 (むろうさいせい) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 116.728 Zeichen · 231 Bildschirme
萩原朔太郎
私は詩の事を書くたびに光太郎に当っていたと先きに述べたが、この事で光太郎はいちども当りを返したことはない、かれはなにも読まないふうを装うて、私の悪口をゆるしてくれたものに、思えた。
一人の人間にはいやなところばかりを見せ、別の一人の人間にはいいところばかりを見せていた智恵子は、光太郎には愛する名の神であった。私が尊敬出来ないような智恵子にとっては、私それ自身は彼女に一疋の昆虫にも値しなかった。吹けば飛ぶような青書生の訪問者なぞもんだいではないのだ。それでいいのだ、女の人が生き抜くときには選ばれた一人の男が名の神であって、あとは塵あくたの類であっていいのである。つねに貴重な愛情を原稿のうえで売るような人間は、ついに聖人には達せられないが、高村の生きたあとのくそや悲しみを見ると、聖人ということばがはじめてその顔をちらりと見せたことに気づく、このばかばかしいことばが何と近い仲間のあいだに存在していたことだろう。智恵子さん曰く、四十何年か前に見た人がまたいやなことを書いているわね、なんてしつこい厭な奴!
萩原朔太郎
萩原朔太郎の長女の葉子さんが、この頃或る同人雑誌に父朔太郎の思い出という一文を掲載、私はそれを読んで文章の巧みさがよく父朔太郎の手をにぎり締めていること、そして娘というものがいかに父親を油断なく、見守り