Japanische Klassiker mit Furigana
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ザボンのはなのさくころ
杉田久女随筆集
杉田 久女
Lesen Sie 杉田久女随筆集 (ザボンのはなのさくころ) von 杉田 久女 (すぎたひさじょ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 15.008 Zeichen · 31 Bildschirme
朱欒の花のさく頃
私が生れた鹿児島の平の馬場の屋敷というのは、明治十年鹿児島にわたって十七年間も住っていた父母が、自ら設計して建てた家なので、九年母や朱欒、枇杷、柿など色々植えてあったと母からよく聞かされていた。
城山の見える其家で長兄をのぞく私達兄弟五人は皆生れたのであるが、無心の子供心には、あさ夕眺めた城山も、桜島の噴煙も、西郷どんも、朱欒の花のこぼれ敷く庭の記憶もなく只冠木門だけがうっすら頭にのこっている。
年若な官員様であった父は、母と幼い長子とを神戸に残して一足先に鹿児島へ赴任すると間もなくあの西南戦争で命からがら燃えつつある鹿児島を脱出して、桜島に逃げ民家の床下にかくれて芋粥をもらったり、山中に避難している中官軍の勝になったので、県の書類丈を身にしょっていたのをもって碇泊中の軍艦に辿りつき漸く命びろいしたと云う。
母達も其翌春かにはるばる鹿児島に上陸した時は、只まっ暗な焼野原で一軒の宿屋もなく漁師の家に一と晩とめて貰ったが言葉はわからず怖ろしかった相である。だが十七年もすみついてすべてに豊富な桃源の様なさつまで私の兄姉達は皆鹿児島風にそだてあげられた。