Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

ja-reading.com

Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.

うたのえんじゃくするとき

歌の円寂する時

折口 信夫

Lesen Sie 歌の円寂する時 (うたのえんじゃくするとき) von 折口 信夫 (おりくちしのぶ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 13.623 Zeichen · 28 Bildschirme

Aozora Bunko

赤彦の創めた『切火』の歌風は、創作家の新感覚派に八九年先んじて出て、おなじ手法で進もうとする技工本位の運動であった。其が、赤彦の嗜む古典のがっしり調子と行きあって、方向を転じて了うたが、『氷魚』の末から『太※(「虍/丘」、第3水準1-91-45)集』へ渉る歌口なのだ。そのかみ「切火評論」を書いた私などは、此方角を赤彦の為に示すだけの力のない、微々たるあげ脚とりに過ぎなかったことを思うと、義理にも、批評のない歌壇を慨嘆する様な顔も出来る所ではないのだったが。

文芸の批評は単に作家の為に方角を示すのみならず、我々の生命に深さと新しさとを抽き出して来ねばならぬ。その上、我々の生活の上に、進んだ型と、普通の様式とを示さねば、意義がない。短詩形が、人生に与ることの少いことは言うたが、社会的には、そう言うても確かな様である。併しその影響が深く個性に沁み入って、変った内生活を拓くことはある。芭蕉の為事の大きいのは、正風に触れると触れぬとの論なく、ほうっとした笑いと、人から離れて人を懐しむゆとりとを、凡人生活の上に寄与したことにある。

私は、歌壇の批評が、実はあまりに原始の状態に止って居るのを恥じる。