Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

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おぼるるもの

溺るるもの

豊島 与志雄

Lesen Sie 溺るるもの (おぼるるもの) von 豊島 与志雄 (とよしまよしお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 17.690 Zeichen · 36 Bildschirme

Aozora Bunko

「なあに、片岡さん……。」

その、彼女の口から出る自分の名前を、私は不思議な気持で聞いた。

私の頭に映ってるのは、漠然と心機一転を求めてる一人の男と、生に喘いでる一人の女とだった。更に、新生の力強い世界を翹望してる者と、愛慾の世界を荷ってる者とであった。その二人が、そこに眼前に小さく寄り添って、片岡さん、喜代ちゃん、と呼び合っていた。

片岡正夫、緒方喜代子……。その固有名詞を、長く忘れていた昔の人をでも思い起すような風に、私は口の中で繰返してみた。

酒に酔ってた時、彼女は私の名刺を見たのだった。それから自分の名前も、箸の先に酒をつけて餉台の上に書いてみせた。喜代子というのは本名で、緒方という姓だけを書いた。紫檀の木肌に酒で書かれたその文字が、深く私の眼の中に残った。――彼女は高崎の者で、もう両親はなく、盲目の兄は按摩をしており、姉は救世軍にはいっているとか……。

然しそんなことは、互の身の上のことなんかは、どうでもよかった。ただ取り留めもない雑談だけで充分だった。

「あたし、あんたとこうしているのが、一番楽しみよ。御免なさい。」

そして彼女は私の肩に頭をもたせかけたり、足を投げ出したりして、いろんなことを云った。