Japanische Klassiker mit Furigana
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ぼんのうひぶんしょ
煩悩秘文書
林 不忘
Lesen Sie 煩悩秘文書 (ぼんのうひぶんしょ) von 林 不忘 (はやしふぼう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 86.705 Zeichen · 173 Bildschirme
谷あいに群立つ岩のあいだに、一枚の小鏡を置いたよう――落葉松、白樺、杉、柏、などの高山のみどりを縫って、ほのかな湯の香が立ち迷い、うえの尾根を行く人には、この沢壺の湯は、茶碗の底を指さすように眼に入るのである。
だが、旅人の通る道すじではない。
ましてこの夕ぐれ時、父の法外も、あの大次郎様も、この上の森かげのたった一軒の湯の宿――それも、宿屋とは名ばかりの藤屋で、夕餉の膳を前に自分の帰りを待っているだけで、今どきこの湯つぼへ下りて来る人はあるまいと、千浪は安心して、惜気もなくその身体を湯に嬲らせて、上ることも忘れたふうだった。
逢魔が刻という。
山の精にでも憑かれたのか――やがて、涼しい声が千浪の口を洩れて、
「ひとうつ、ふたあつ、三つ――、四つ、いつつ、六つ、七つ――。」
数を唱えだした。興に惹かれるまま唄のように節をつけて底の礫を読んでいるのだ。
「九つ、十、十一――。」
一つは二つと、思わず、声が高くなった。
その声が、魔を呼んだのである。
「はてな――?」
と小首を傾けて、その時、この阿弥陀沢の頂きを急ぎ足に来かかった葛籠笠が、はたと、草鞋を停めた。