Japanische Klassiker mit Furigana
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げんだいのふじんにつぐ
現代の婦人に告ぐ
大隈 重信
Lesen Sie 現代の婦人に告ぐ (げんだいのふじんにつぐ) von 大隈 重信 (おおくましげのぶ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 12.854 Zeichen · 25 Bildschirme
五 庶は衆なり、庶子は衆人の子なり
五 庶は衆なり、庶子は衆人の子なり
支那人とてもその思想の根柢に於ては、必ずしも一夫多妻を是認しおるものではない。彼等は天の人類を生ずるに、もと男女の数をほぼ等しからしめておるのであるから、一人が多くの妻を持てば、それだけ他人の妻を奪った訳になると考えていた。さればこそ支那では正妻と妾とを区別し、正妻の子を嫡子というに対して妾の子を庶子といっているので、庶とは衆の義と訳し、庶子は衆人の子の意味となり、自ら其処に他の衆人に属すべきものを奪って、我一人の者としたという褒貶の義を含ませてあるのである。この解釈には、かくの如き道徳上深甚の意義あるに拘わらず、あまり東洋人の脳裏には強き感じを持っておらぬが、而も真理の自然に有する力は大なるもので何となく良心の呵責があり、一夫多妻には後ろ暗い影が伴う。それ故淫行者は内密に働いても表面はさりげない風を粧う。特に地位有り、身分ある王公貴人達は勉めて表向にはやらぬ。しかし蓄妾の久しく行われて来た余弊を受けて、我が国でも明治の初めに民法を制定し、親族法を設くるに当りては頗る苦心を要した。最初は日本の旧習を参酌して欧州の法典を折衷し、従来の家族制を存して一等親、二等親、三等親の別を立てたのだが、この三等親は即ち権妻である。