Japanische Klassiker mit Furigana
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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
Lesen Sie 私本太平記 (しほんたいへいき) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 116.638 Zeichen · 233 Bildschirme
ない。
宗広も征途の途中でついに亡くなってしまったので、親王はあくる年の三月、ともかくと、ふたたび吉野へ帰られた。そしてその年の秋八月には、おもいがけない父のきみ後醍醐の崩御に付き添われたのであった。
それより前に、義良には立坊(立太子)の議がきまっていたので、崩御の前日、譲位がおこなわれ、即位は、後日に約された。
すなわち南朝の、
後村上天皇
とは、このきみだった。じいのことばのように、すべては天意であったものかもしれない。
天皇のみまかられた喪の行宮は、ただの悲嘆などというものではなかった。――秋風落莫――とでもいうほかは、南朝衆臣の悲腸をあらわすことばもない。
天下、万事ハ休ス
とまで、ここではみな思わざるをえなかったろう。
さなきだに、吉野朝廷には悲運また悲運ばかりが、たびかさなっていた折である。すでに、みまかられる数日前にも、
こと問はん
人さへ稀になりにけり
わが世の末の
ほどぞ知らるる
と、詠み出られた一首を、看護の新待賢門院廉子へお示しになっていたという。
そのお歌にもはや、これまでの後醍醐にはないお心弱い語韻がどこやらにながれてはいなかったか。