Japanische Klassiker mit Furigana
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かがくひはんのかだい
科学批判の課題
三木 清
Lesen Sie 科学批判の課題 (かがくひはんのかだい) von 三木 清 (みききよし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 20.229 Zeichen · 40 Bildschirme
いま私が眼をもってこの机を見ているとせよ、この机はそのときまのあたり現在的にそこにある。けれど私が眼を転ずるか、この室から出て行くかするや否や、もはやこの机はそこに現在的にない。しかるにそれが机として語られ、かく語られることによって机がロゴスすなわち概念として存在するに到るとき、私は現実にこの机を見ていなくとも机のロゴスすなわち概念について思惟することが出来る。この場合机は概念的存在として私の思惟にとって現在的にそこにあるのである。ギリシア人にとって思惟は視覚よりも優越なる意味において観るという作用であり、思惟は概念において存在を視覚よりも優越なる意味において観るという手段を所有する*。このようにして本性上最も明らかに見ゆべきもの、すなわち事物の永遠に現在的なる本質はロゴスによって救い上げられ得るのである。このことはロゴスの他のひとつの機能、存在を限定する(※ρ※ζειν)ということと関係する。現象は我々にとって動き漂い、生成消滅する。この机は窓から這入って来る光線の強弱に従って朝と夕とにおいて変化して見える。しかしいまそれが机という概念において存在するに到るならば、それはこれらの変化のうちに机として限定され、かく限定されることによって固定されて消滅の中から救い出されるのである。