Japanische Klassiker mit Furigana
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びじゅつがっこうじだい
美術学校時代
高村 光太郎
Lesen Sie 美術学校時代 (びじゅつがっこうじだい) von 高村 光太郎 (たかむらこうたろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 7.454 Zeichen · 15 Bildschirme
小刀の使い方なども覚える。僕もその通りをやっていたが、早くから自分のやっていたことなので、学校といっても唯自分の家の延長のようなもので別段かわったところでも何でもなかった。
この彫刻の同級にいた人で今特に記憶しているのは水谷鉄也君といって片瀬の乃木大将の銅像を作った人、後藤良君も木彫で仲間であったが、その他の人はよく判らなくなってしまった。僕の一年前には武石弘三郎君という人が居り、そのもっと前には渡辺長男君という人が居た。こういう人達と三年位までは特に変ったこともなく、先ず当然のことを無事にやって居ったのである。またその時分の学科といえば黒川真頼が日本歴史、詩人の本田種竹という人が通鑑の講義をして居った。森鴎外先生が美学の方をやり、久米桂一郎先生が解剖学を受持たれた。その学科というものはひどく簡単でほんの申訳みたようなものだったので、僕は馬鹿馬鹿しくて自分で勉強した。試験の時百二十点貰ったことがある。大村西崖先生の時だったが、日常自分で読んでいるものが試験に出てくるのだからそんなことになるのだろう。随分のんきな時代であった。
ちょうど明治さかんな頃のこととて世の中はどんどん進んでくる。