Japanische Klassiker mit Furigana
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せいしょのよみかた
聖書の読方
内村 鑑三
Lesen Sie 聖書の読方 (せいしょのよみかた) von 内村 鑑三 (うちむらかんぞう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 8.211 Zeichen · 17 Bildschirme
のである、然し乍ら基督者とは素々是等現代人の如き者ではなかった、彼等は神の愛を知る前に多く神を懼れたる者である、「活ける神の手に陥るは恐るべき事なり」とは彼等共通の信念であった、彼等がイエスを救主として仰いだのは此世の救主、即ち社会の改良者、家庭の清洗者、思想の高上者として仰いだのではない。殊に来らんとする神の震怒の日に於ける彼等の仲保者又救出者として仰いだのである、「千世経し磐よ我を匿せよ」との信者の叫は殊に審判の日に於て発せらるべきものである、而して此観念が強くありしが故に彼等の説教に力があったのである。方伯ペリクス其妻デルシラと共に一日パウロを召してキリストを信ずるの道を聴く、時に
パウロ公義と※節と来らんとする審判とを論ぜしかばペリクス懼れて答えけるは汝姑く退け、我れ便時を得ば再び汝を召さん、
とある(行伝二十四章二十四節以下)、而して今時の説教師、其新神学者高等批評家、其政治的監督牧師伝道師等に無き者は方伯等を懼れしむるに足るの来らんとする審判に就ての説教である、彼等は忠君を説く、愛国を説く、社交を説く、慈善を説く、廓清を説く、人類の進歩を説く、世界の平和を説く、然れども来らんとする