Japanische Klassiker mit Furigana
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がもううじさと
蒲生氏郷
幸田 露伴
Lesen Sie 蒲生氏郷 (がもううじさと) von 幸田 露伴 (こうだろはん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 65.772 Zeichen · 128 Bildschirme
北条氏のほかに、まだ一トかたまりの結ぼれがあって、工合好く整理の櫛の歯に順って解けなければ引ッコ抜かれるか断られるかの場合に立っているのがあった。伊達政宗がそれであった。伊達藤次郎政宗は十八歳で父輝宗から家を承けた「えら者」だ。天正の四年に父の輝宗が板屋峠を踰えて大森に向い、相馬弾正大弼と畠山右京亮義継、大内備前定綱との同盟軍を敵に取って兵を出した時、年はわずかに十歳だったが、先鋒になろうと父に請うた位に気嵩で猛しかった。十八歳といえば今の若い者ならば出来の悪くないところで、やっと高等学校の入学試験にパスしたのを誇るくらいのところ、大抵の者は低級雑誌を耽読したり、活動写真のファンだなぞと愚にもつかないことを大したことのように思っている程の年齢だ。それが何様であろう、十八で家督相続してから、輔佐の良臣が有ったとは云え、もう立派に一個の大将軍になって居て、其年の内に、反復常無しであった大内備前を取って押えて、今後異心無く来り仕える筈に口約束をさせて終っている。それから、十九、二十、二十一、二十二、二十三、二十四と、今年天正の十八年まで六年の間に、大小三十余戦、蘆名、佐竹、相馬、岩城、二階堂、白川、畠山、大内、此等を向うに廻して逐いつ返しつして、次第次第に斬勝って、既に西は越後境、東は三春、北は出羽に跨り、