Japanisch lesen

Japanische Klassiker mit Furigana

ja-reading.com

Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.

しんらん

親鸞

三木 清

Lesen Sie 親鸞 (しんらん) von 三木 清 (みききよし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 36.550 Zeichen · 73 Bildschirme

Aozora Bunko

愚は愚癡である。すでに禿の字はもと破戒を意味している。かくして彼が非僧非俗破戒の親鸞と称したことは、彼の信仰の深い体験に基づくのであって、単に謙遜のごときものではない。それは人間性の深い自覚を打ち割って示したものである。

賢者の信をききて、愚禿が心をあらはす。

賢者の信は、内に賢にして外は愚なり。

愚禿が心は、内は愚にして外は賢なり。

と『愚禿鈔』に記している。外には悟りすましたように見えても、内には煩悩の絶えることがない。それが人間なのである。すべては無常と感じつつも、これに執着して尽きることがない。それが人間なのである。弥陀の本願はかかる罪深き人間の救済であることを聞信している。しかも現実の人間はいかなるものであるか。

「まことに知んぬ、かなしきかな愚禿鸞、愛欲の広海に沈没し、名利の大山に迷惑して、定聚のかずにいることをよろこばず、真証の証にちかづくことをたのしまざることを、はづべし、いたむべし。」

罪悪の意識はいかなる意味を有するか。機の自覚を意味するのである。機とは何であるか。機とは自覚された人間存在である。かかる自覚的存在を実存と呼ぶならば、機とは人間の実存にほかならない。