Japanische Klassiker mit Furigana
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『しゅっけとそのでし』のついおく
青春をいかに生きるか
倉田 百三
Lesen Sie 青春をいかに生きるか (『しゅっけとそのでし』のついおく) von 倉田 百三 (くらたひゃくぞう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 94.413 Zeichen · 190 Bildschirme
美しい娘の中に自分の衷なる精神の花を皆投げこんで咲かせたものでなければならぬ。
君が面輪の美しき見れば
花はみな君にぞある……
これは中世イタリーの詩人の句片だ。
愛づらしと吾が思ふきみは秋山の初もみぢ葉に似てこそありつれ
これは万葉の一歌人の歌だ。汝らの美しき娘たちを花にたとえ、紅葉に比べていつくしめ。好奇と性慾とが生物学的人間としての青年たちにひそんでいることを誰が知らぬ者があろう。だがそれらは青春のわくが如き浪曼性と、さかんなる精神的憧憬の煙幕の下に押しかくされ、眠らされているのだ。
結婚前の青年にとって、恋愛とは未来の「よりよき半分」を求めんとする無意識模索である。それは正統派の恋愛論の核心をなすところの、あの「二つのもの一つとならんとする」願望のあらわれである。ペーガン的恋愛論者がいかに嘲っても、これが恋愛の公道であり、誓いも、誠も、涙も皆ここから出てくるのだ。二人の運命を――その性慾や情緒をだけでなく――ひとつに融合しようとするものでなくては恋愛ではない。この愛らしの娘は未来のわが妻であると心にきめその責任を負う決意がなければならぬ。互いの運命に責任を持ち合わない性関係は情事と呼ぶべきで、恋愛の名に価しない。