Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
あおおにのふんどしをあらうおんな
青鬼の褌を洗う女
Lesen Sie 青鬼の褌を洗う女 (あおおにのふんどしをあらうおんな) von Sakaguchi Ango (坂口 安吾) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 40.368 Zeichen · 79 Bildschirme
この天然自然の育ち創られてきた媚態を鑑賞している人は久須美だけが一人であった。
若い目と目が人波を距ててニッコリ秘密に笑いあうとき、そこには仇な夢もこもり、花の匂いも流れ、若さのおのずからの妖しさもあったが、だからまた、そこには、退屈、むなしさ、自ら己を裏切る理智もあった。要するに仇心、遊びと浮気の目であった。
美青年に手を握られてみたいような、なんとなくそんな気持になる時もあり、美青年と一緒に泊りたわむれてウットリさせられたり、私はしかしそんな遊びのあとでは、いつも何かつまらなくて、退屈、私は心の重さにうんざりするのであった。
しかし私が久須美をめがけてウットリと笑い両手を差しのべてにじりより、やがて胸に白髪をだきしめて指でなでたりいじってやったり愛撫に我を忘れるとき、私の笑顔も私の腕も指も、私のまごころの優しさが仮に形をなした精、妖精、やさしい精、感謝の精で、もはや私の腕でも笑顔でもなく、私自身の意志によって動くものではないようだった。
つまり私は本性オメカケ性というのだろう。私の愛情は感謝であり、私は浮気のときは男に遊ばせてもらってウットリさせられたりするけれども、私自身が自然の媚態と化してただもう全的に男のために私自身をささげるときは、感謝によるのであった。