Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
デカルトてつがくについて
デカルト哲学について
西田 幾多郎
Lesen Sie デカルト哲学について (デカルトてつがくについて) von 西田 幾多郎 (にしだきたろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 19.032 Zeichen · 38 Bildschirme
一面には何処までも空間的であり、一面には何処までも意識的である。ordo et connexio idearum idem est, ac ordo et connexio rerum(Prop. 7. p. 2.)ということができる。
スピノザの原因というのは、すべてカウザ・スイの意義を有ったものと考うべきであろう。本質が存在を含み、その本質が存在としてのみ理解せられるものをいうのである。絶対現在の自己限定としてあるものは、すべて表現するものが表現せられるものとして、かかる性質を有ったものでなければならない。事即理、理即事である。スピノザの十全なる知識とは、絶対の自己否定において自己自身を見る、自覚的直観を意味するものでなければならない。自己が万法に証せらるる所に、我々の知識は十全であるのである。スピノザはいう、我々に十全にして完全なる思想があるということは、神が人間の精神を構成するかぎり、神において十全にして完全なる思想があるということにほかならないと(Prop. 34. p. 2.)。そこに我々は絶対矛盾的自己同一的に自己において神を見、神において自己を見るのである。