Japanische Klassiker mit Furigana
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いちのくらさわ
一の倉沢
久生 十蘭
Lesen Sie 一の倉沢 (いちのくらさわ) von 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 6.237 Zeichen · 13 Bildschirme
背筋の窪みをつたって脂汗が流れ落ちる。錐を揉みこまれるような肩の痛みが灼熱感にかわり、脱臼する直前の不気味な鈍痛が肩胛骨を抉りはじめる。エネルギーを節約するつもりで、ひと時、片手を休めてみたが、危険を感じて、あわててまた岩にとりついた。なんの足しにもならなかった。
悪いことには、掌から滲みだす脂汗で岩膚がぬらつき、力を入れればいれるほどひとりでヌルヌルと抜けそうになる。極度の緊張で感覚が喪失し、自分の手がはたして岩に縋っているのかどうか、それさえ感じられなくなった。
十七時四十分。いよいよ最後の時がきた。意地にも我慢にも、これ以上、身体を支えていることがむずかしくなった。
「落ちる落ちる……」
全身が断末魔の悲鳴をあげる。そうしようとも思わないのに、靴の爪先があちらこちらと動いてあるく。爪先が一尺ほど斜め上をかいさぐっているとき、思いがけない感触があった。恐怖とはちがう、ゾッとするような感じが脛を這いのぼる。爪先で探りひろげていくと、そこがやや広い草付の岩棚になっていることが感じられた。
「おれは気力に証明を与えるといった」
両腕に残った最後の力を総動員してジリジリと身体をひきあげ、全霊をすりへらすような努力をつづけたすえ、爪先を岩棚の端にひっかけると、思いきって両手をはなして岩棚にのめりこんだ。