Japanische Klassiker mit Furigana
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せんきゅうひゃくさんじゅうにねんのはる
一九三二年の春
宮本 百合子
Lesen Sie 一九三二年の春 (せんきゅうひゃくさんじゅうにねんのはる) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 21.942 Zeichen · 44 Bildschirme
わたしは、監房の戸にくっついて立ち、そこに張ってある目の細かい金網をとおして、二尺とはなれぬ廊下での光景を見ているのだ。九時になり、十時になり、十一時頃になるまで、ガラガラと留置場の入口があく毎に、わたしは臭い布団の上におきなおり、誰が入って来るかと廊下の方をみた。宮本が、もし今夜家へ帰るとすれば、九時頃帰るといった。留置場の戸が開くと、万一と、思わず頭がはね上るのであった。
ぐっすりと一息に眠った。午前五時頃に目が醒めた時は、もう隣の房、その隣の房でも起き仕度をしている。まだ夜はあけきらず、暗い。巡ぐり戸棚に布団をしまい、洗顔にとりかかる。
監房の外の一間幅に四間の板廊下の右端にトタン張の流しがあり、そこに水道の蛇口が一つ出ている。半分にきった短い手拭はその横の板壁に並べてかけてある。石鹸はつかわせない。歯ブラシもつかわせない。水で顔をぶるんとするのであるが、二つあるトタンの洗面器は床にかける雑巾を濯ぐのと共同である。その床は留置人がアンペラ草履で便所の往復に歩き、看守は泥靴であるく床である。そこへかけた雑巾を洗うのが、顔を洗う洗面器である。留置場でヒゼンが流行る話をきき、またこの不潔なやり方を見て、何よりわたしは淋毒が目にでも入っては大変だと恐怖を感じた。