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Japanische Klassiker mit Furigana

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さくぶつのひひょう

作物の批評

夏目 漱石

Lesen Sie 作物の批評 (さくぶつのひひょう) von Natsume Sōseki (夏目 漱石) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 6.439 Zeichen · 13 Bildschirme

Aozora Bunko

人が咎めれば云う。おれの地面と君の地面との境はどこだ。境は自分がきめぬだけで、人の方ではとうから定めている。再び咎めれば云う。この通り足が達者でどこへでも歩いて行かれるじゃないか。足の達者なのは御意の通りである。足に任せて人の畠を荒らされては困ると云うのである。かの志士と云い、勇士と云い、智者と云い、善人と云われたるものもここにおいてかたちまちに浪人となり、暴士となり、盲者となり、悪人となる。

今の評家のあるものは、ある点においてこの教師に似ていると思う。もっとも尊敬すべき言語をもって評家を翻訳すれば教師である。もっとも謙遜したる意義において作家を解釈すれば生徒である。生徒の点数は教師によって定まる。生徒の父兄朋友といえどもこの権利をいかんともする事はできん。学業の成蹟は一に教師の判断に任せて、不平をさしはさまざるのみならず、かえってこれによって彼らの優劣を定めんとしつつある。一般の世間が評家に望むところは正にこれにほかならぬ。

ただ学校の教師には専門がある。担任がある。評家はここまで発達しておらぬ。たまには詩のみ評するもの、劇のみ品するものもあるが、しかしそれすら寥々たるものである。