Japanische Klassiker mit Furigana
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はいくはかくかいしかくあじわう
俳句はかく解しかく味う
高浜 虚子
Lesen Sie 俳句はかく解しかく味う (はいくはかくかいしかくあじわう) von 高浜 虚子 (たかはまきょし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 73.016 Zeichen · 144 Bildschirme
嵐雪の句のやさしみというのは主としてそういう点である。余事ではあるが、嵐雪というのは芭蕉の主な弟子の一人で、其角と並称せられ、芭蕉の門人に其角、嵐雪ありと言ったと言われおる男である。
灌仏や捨子則ち寺の児 其角
灌仏というのは、四月八日の釈迦の誕生日に寺で灌仏会というものを修じ、参詣人に甘茶などを配るのである。これはその灌仏の日に寺に一人の児がいるのが人の目につく。さてあの児さんはどうした児さんかと人が目を峙てて見るがそれが則ち何年か前にこの寺の門前に棄ててあったあの捨子なので、寺の和尚は仏の道に携っておる慈悲から、それを拾い上げて育てたのが、あんなに大きくなって児になったのだというのである。あるいはこの句を解して、自分が寺の門前に子を捨てて置いたのじゃが、何年か経って恐る恐る灌仏会にその寺に来て見るとちゃんとその子が成人して寺の児になっている、という風に取る人があるかも知れぬが、それは少し穿鑿に過ぎているであろう。灌仏の日は甘茶を酌んで参詣人に渡したりするために、寺の人も世話して皆総がかりで働いておる、参詣人も多い、そこで多くの参詣人が、「あの児さんが捨子じゃそうな。