Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
ちくまがわのスケッチ
千曲川のスケッチ
島崎 藤村
Lesen Sie 千曲川のスケッチ (ちくまがわのスケッチ) von 島崎 藤村 (しまざきとうそん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 81.668 Zeichen · 164 Bildschirme
鴎外、思軒、露伴、紅葉、その他諸家の消息なぞをよくわたしに語って聞かせたのも同君であった。同君歿後に、馬場孤蝶君は交遊の日のことを追想して、こんなに亡くなった後になってよく思い出すところを見ると、やはりあの男には人と異なったところがあったと見えると言われたのも同感だ。
紅葉山人の死を小諸の方にいて聞いた頃のことも忘れがたい。わたしは一年に一度ぐらいしか東京の友人を訪ねる機会もなかったから、したがって諸先輩の消息を知ることも稀になって行ったが、おそらく鴎外漁史なぞはあの通り休息することを知らないような人だから、当時その書斎とする観潮楼の窓から、文学の推し移りなどを心静かに、注意深くも眺めておられたかと思う。そして柳浪、天外、風葉等の作者の新作にも注意し、又、後進のものの成長をも見まもっていてくれたろうと思う。明治文学も漸く一変すべき時に向って来て、誰もが次の時代のために支度を始めたのも、明治三十年代であったと言っていい。
旧いものを毀そうとするのは無駄な骨折だ。ほんとうに自分等が新しくなることが出来れば、旧いものは既に毀れている。これが仙台以来のわたしの信条であった。