Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
ぜんのけんきゅう
善の研究
西田 幾多郎
Lesen Sie 善の研究 (ぜんのけんきゅう) von 西田 幾多郎 (にしだきたろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 123.777 Zeichen · 243 Bildschirme
勿論思惟においては知覚の場合よりも統一が寛であり、その推移が意識的であるように思われるので、前にこれを以てその特徴として置いたが、厳密に考えて見るとこの区別も相対的であって、思惟においても一表象より一表象に推移する瞬間においては無意識である、統一作用が現実に働きつつある間は無意識でなければならぬ。これを対象として意識する時には、已にその作用は過去に属するのである。かく思惟の統一作用は全然意志の外にあるのであるが、ただ我々が或問題について考える時、種々の方向があってその取捨が自由であるように思われるのである。しかしかかる現象は知覚の場合にもないのではない。少しく複雑なる知覚においては如何に注意を向けるかは自由である、たとえば一幀の画を見るにしても、形に注意することもできまた色彩に注意することもできる。その外、知覚では我々は外から動かされ、思惟では内より動くなどいうが、内外の区別というも要するに相対的にすぎぬ、ただ思惟の材料たる心像は比較的変動し易く自由であるからかく見えるのである。
次に普通には知覚は具象的事実の意識であり、思惟は抽象的関係の意識であって、両者全然その類を異にする者のように考えられている。