Japanische Klassiker mit Furigana
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そうせきしとわたし
回想 子規・漱石
高浜 虚子
Lesen Sie 回想 子規・漱石 (そうせきしとわたし) von 高浜 虚子 (たかはまきょし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 115.187 Zeichen · 231 Bildschirme
「糊細工」というのは即ち余のそれに載せた小説で、ある一小事件をスケッチしたものであった。写生文という名はまだ一、二年後の明治三十一年頃になって起ったのであるが、此の「糊細工」なども何の趣向もなく、また何の憚るところもなく、事実をそのままに写生したもので即ち後年の写生文の濫觴であったのである。居士が此の文章を見てホホと笑を洩らしたという処に居士の余に対するある消息は明白に読まれ得るのである。今日でも余は殆ど余の感情の赴くままに行動しつつあるのであるが、当時に在っては今日以上の極端であった。一旦居士が余を以て居士の後継者と目するか、よし後継者と目さぬまでも社会的に成功させようという老婆親切を以て見た時には徹頭徹尾当時の余は歯痒いまでに意思薄弱の一青年であったのである。道灌山以来は「虚子は小生の相続者にもあらず小生は自ら許したるが如く虚子の案内者にもあらず」と飄亭に贈った手紙にある如く、居士は忠告の権利を放棄したように言明しているのであるが、それにかかわらず爾後もなお何かにつけて社会的の忠告を余に試みて、余をして居士の手紙を見るたびに、顔を見るたびに、一種の圧迫を感ぜしめるまでに至ったのであるが、それが一旦その点の問題を離れて、居士と何らの利害関係なきただ一個の人間として余を見た場合にはまた別個の消息があった