Japanische Klassiker mit Furigana
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だいぼさつとうげ
大菩薩峠19
中里 介山
Lesen Sie 大菩薩峠19 (だいぼさつとうげ) von 中里 介山 (なかざとかいざん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 319.771 Zeichen · 617 Bildschirme
』というのが本当だな、人が一命を捧げて悔いない場合はただ意気あるのみだ、近藤勇は意気の男だ、彼は徹骨徹髄、意気を以てうずめている、名利それ何するところぞ!」
斎藤一は極端なる近藤讃美から、腕を扼して悲歌慷慨の自家昂奮に堪えやらず、滔々としてまくし立てる。ここに至ると、眼に相手を見ざること対談者と変らない。
「忠と孝とは冷やかな名分だ、ここに意気に殉ずる血脈が加わればこそ、冷やかなる忠と孝との名分が生きて来る、意気のない忠が何だ、意気のない孝が何だ」
彼は最初に涙を下した忠孝の名分のおごそかなるをも、ここに至って、冷やかなる一片の名分と見なして、意気の讃美論に転換してしまった。
「当代、意気に生きているものは近藤勇だ、彼は鬼ではない、男児の生命たる意気に生きている男だ、彼を鬼と見る奴は眼のない奴だ、天下は盲千人の世の中だ、やあ失敬失敬、君に当てつけて言ったわけではないから、悪くとってくれるなよ」
と、ここに斎藤もわずかに余裕を得て、いささか弁解に落つるの変通を示すことができたのは、眼のない奴とか、盲千人とか言ったが、偶然にも、最初から、前にいて神妙な聞き役となって、自分が昂奮しても昂奮せず、悲憤しても悲憤せず、最初の通りに、唐金の獅噛火鉢の縁に両肱を置いて、岩永左衛門が阿古屋の琴を聞いている時と同様の姿勢を崩さ