Japanische Klassiker mit Furigana
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おうしゅうにおけるみたちふじわらし
奥州における御館藤原氏
喜田 貞吉
Lesen Sie 奥州における御館藤原氏 (おうしゅうにおけるみたちふじわらし) von 喜田 貞吉 (きたさだきち) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 17.211 Zeichen · 34 Bildschirme
彼が父祖の余徳によって奥羽に雄視し、一方ではますます京都に接近を図りつつ、隠然半独立国の状態をなし、やはり心ある公家をして憤慨せしめていたことは、次の事実からでも察せられる。嘉応二年五月二十七日、彼は鎮守府将軍に任ぜられた。当時右大臣であった兼実は、その日記『玉葉』にこれを記して、
奥州夷狄秀平、任二鎮守府将軍一。乱世之基也。
とある。これけだし当時の太政入道浄海に賄して得たところか、あるいは後白河法皇に取り入り奉った結果か。ともかく兼実自身においては内心不服であったことに相違ない。しかも彼また夷狄のこの黄金の力に対して、これをいかんともすることが出来なかったのである。
その後十一年、養和元年八月十五日に至って、秀衡はついに陸奥守に任ぜられた。これは清盛の薨後その子宗盛が、秀衡をして頼朝の背後を襲わしめんとの計策に出でたものであるが、朝廷にとっては非常な果断であったに相違ない。なんとなれば、鎮守府将軍のことはその前例もあったことであるが、これを陸奥守とするとのことは、名実ともに奥州を夷狄に委任してしまう訳のものであるからである。兼実はむろん内々これに反対であった。