Japanische Klassiker mit Furigana
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ぎゅうじん
山月記・李陵 他九篇
Lesen Sie 山月記・李陵 他九篇 (ぎゅうじん) von Nakajima Atsushi (中島 敦) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 41.608 Zeichen · 84 Bildschirme
女の児が生れてから今に至るまで、まだ一人も生れない。恐らく、今後も生れないのではなかろうか。少くとも、この島の年老いた連中はそう信じている。それ故、数年前この女の児が生れた時は、老人連が集まって、この島の最後の人間――女になるべき赤ん坊を拝んだということである。最初の者が崇められるように、最後の者もまた崇められねばならぬ。最初の者が苦しみを嘗めたように、最後の者もまたどんなにか苦しみを嘗めねばならぬであろう。そう呟きながら、黥をした老爺や老婆たちが、哀しげに虔み深く、赤ん坊を礼拝したという。但し、それは老人だけの話で、若い者は、何年にも見たことのない人間の赤ん坊というものが珍しさに、ワイワイ騒ぎながら見物に来たと聞いている。ちょうど女の児が生れる二年前に、戸口調査があり、その時の記録には人口三百と記されているのに、今ではもう百七、八十しか無い。こんな速やかな減少率があろうか。死ぬ者ばかりで生れる者が皆無だと、別に疫病に見舞われた訳でなくとも、こんなに速く減るものだろうか。当時女の赤ん坊を拝んだ老人たちはもはや一人残らず死んでしまっているに違いない。