Japanische Klassiker mit Furigana
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ていだいせいしょけんきゅうかいしゅうこうのじ
帝大聖書研究会終講の辞
矢内原 忠雄
Lesen Sie 帝大聖書研究会終講の辞 (ていだいせいしょけんきゅうかいしゅうこうのじ) von 矢内原 忠雄 (やないはらただお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 3.943 Zeichen · 8 Bildschirme
神の審判は厳しいけれども、その終極目的は救済にあり復興にある。神に敵する者を罰する事も、実は信ずる者を救う為めの準備である。人類歴史に於ける悲惨事の反覆を見て、神の審判の最後の目的が救にあることを忘れてはならない。このイザヤ書第三十五章は
荒野とうるおいなき地とはたのしみ、
沙漠はよろこびて咲き出でる。
番紅の如く盛に咲きかがやき、
喜びによろこび且つうたう。
というを以て始まる実に美しき詩である。素晴しき復興である。バビロン捕囚といふ悲運の中からかかる希望の声を挙げた人、又この詩を最終曲としてイザヤ書を編輯した人は、実に大きな信仰をもった人と思う。
預言者イザヤの時代にはユダの国威はまだ盛であったが、その国民的驕慢の中にイザヤは滅亡の姿を見た。その後二百年を経て果して亡国の悲運に陥り、国民上下萎縮してしまった時、別の預言者が起って「荒野に水が湧き出る」と預言した。今は荒野の様だ、併し神の恩恵でもって荒野と雖も水が湧き上る。エホバの神を信ずるならば亡国も復興する、という事を言ったのである。
後バビロン捕囚から国民が帰還して、神殿が再建せられ、次第に国土の荒廃も恢復したが、何となく国民の気力がない。