Japanische Klassiker mit Furigana
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まぼろしのたて
幻影の盾
Lesen Sie 幻影の盾 (まぼろしのたて) von Natsume Sōseki (夏目 漱石) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 22.372 Zeichen · 45 Bildschirme
頭を蔽う天もなく、足を乗する地もなく冷瓏虚無の真中に一人立つ。
「君は今いずくに居わすぞ」と遙かに問うはかの女の声である。
「無の中か、有の中か、玻璃瓶の中か」とウィリアムが蘇がえれる人の様に答える。彼の眼はまだ盾を離れぬ。
女は歌い出す。「以太利亜の、以太利亜の海紫に夜明けたり」
「広い海がほのぼのとあけて、……橙色の日が浪から出る」とウィリアムが云う。彼の眼は猶盾を見詰めている。彼の心には身も世も何もない。只盾がある。髪毛の末から、足の爪先に至るまで、五臓六腑を挙げ、耳目口鼻を挙げて悉く幻影の盾である。彼の総身は盾になり切っている。盾はウィリアムでウィリアムは盾である。二つのものが純一無雑の清浄界にぴたりと合うたとき――以太利亜の空は自から明けて、以太利亜の日は自から出る。
女は又歌う。「帆を張れば、舟も行くめり、帆柱に、何を掲げて……」
「赤だっ」とウィリアムは盾の中に向って叫ぶ。「白い帆が山影を横って、岸に近づいて来る。三本の帆柱の左右は知らぬ、中なる上に春風を受けて棚曳くは、赤だ、赤だクララの舟だ」……舟は油の如く平なる海を滑って難なく岸に近づいて来る。