Japanische Klassiker mit Furigana
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しさくしゃのにっき
思索者の日記
三木 清
Lesen Sie 思索者の日記 (しさくしゃのにっき) von 三木 清 (みききよし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 1.681 Zeichen · 4 Bildschirme
帰ってみると、机の上に子供が私の誕生日のために祝いの手紙と贈物のバットとを載せている。今日は私の誕生日。祝ってくれるのは子供一人だけで、「自祝自戒」のほかないとつぶやいてみる。私は以前から誕生日を祝うということをあまりしたことがない。
いったい誕生とか死とかについての考え方も西洋と東洋とでは多少違っているようだ。ソクラテスでもキリストでも彼らの死がその思想的影響にとって大きな意義をもっているに反して、孔子のごとき場合にはその死は特別に考えられていないということは確か和辻氏なども指摘していることであるが、それは東洋人には死が問題でないというのでなく、かえって死についての考え方が違っているからだと思う。「畳の上で死にたいものだ」と我々はいう。つまり自然の死、極めて日常的に死ぬることが日本人の願望なのである。誕生でも死でも我々は西洋人のように「歴史的な」事件としてでなくて、「日常的な」出来事として経験することを求めているのである。日常的なものと歴史的なものとが区別されるところに西洋人の「歴史的意識」があるに反して、東洋人においては日常的なものと歴史的なものとがひとつである。