Japanische Klassiker mit Furigana
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おんしゅうのかなたに
恩讐の彼方に
菊池 寛
Lesen Sie 恩讐の彼方に (おんしゅうのかなたに) von 菊池 寛 (きくちかん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 22.824 Zeichen · 46 Bildschirme
彼は、自分の一身をさえ忘れていた。主を殺したことも、剽賊を働いたことも、人を殺したことも、すべては彼の記憶のほかに薄れてしまっていた。
一年経ち、二年経った。一念の動くところ、彼の瘠せた腕は、鉄のごとく屈しなかった。ちょうど、十八年目の終りであった。彼は、いつの間にか、岩壁の二分の一を穿っていた。
里人は、この恐ろしき奇跡を見ると、もはや市九郎の仕事を、少しも疑わなかった。彼らは、前二回の懈怠を心から恥じ、七郷の人々合力の誠を尽くし、こぞって市九郎を援け始めた。その年、中津藩の郡奉行が巡視して、市九郎に対して、奇特の言葉を下した。近郷近在から、三十人に近い石工があつめられた。工事は、枯葉を焼く火のように進んだ。
人々は、衰残の姿いたいたしい市九郎に、
「もはや、そなたは石工共の統領をなさりませ。自ら槌を振うには及びませぬ」と、勧めたが、市九郎は頑として応じなかった。彼は、たおるれば槌を握ったままと、思っているらしかった。彼は、三十の石工がそばに働くのも知らぬように、寝食を忘れ、懸命の力を尽くすこと、少しも前と変らなかった。
が、人々が市九郎に休息を勧めたのも、無理ではなかった。