Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
わがじんせいかん
我が人生観
Lesen Sie 我が人生観 (わがじんせいかん) von Sakaguchi Ango (坂口 安吾) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 5.871 Zeichen · 12 Bildschirme
一応の手間が、かかるものだ。
しかし、美や芸術というものは、助平根性を遊離して、神韻ビョウビョウと、星の如くに高く輝くようなものではなかろう。生身の助平根性と一緒に、喜怒哀楽、嫉妬もし逆上もする現実の生活と常に一しょにあるものだ。
一般大衆が芸術を愛するときは、自分の生活として愛しているのであり、恋の伴奏、必要のためのジャズでありヴギウギであり、実用品なのだ。つくる方もそれを承知の、俗悪な企業なのである。日常品としての実用性、実質をそなえていることが必要だ。ショパンでも、モオツァルトでも、それが出来たときは、そうだ。当時のジャズであり、ヴギウギであり、日常の必要品であったのだ。
法隆寺も、金色堂も、東照宮も、威勢を示してアッと云わせて、ついでにオサイセンもまきあげてやろうという料簡でできたもので、その時代に於ける最大なる俗悪精神の産物であった。人間の悪臭フンプンとして鼻持ちならないものであった。骨董イジリの閑雅な精神には縁遠いものであった。
晴耕雨読の心境ぐらいカンタンなものはない。乞食の心境である。人間というものは、助平根性や物慾や、妄執と一しょのもので、芸術は現世のものであり、そこから離れて存在しない。