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Japanische Klassiker mit Furigana

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わがじんせいかん

我が人生観

坂口 安吾

Lesen Sie 我が人生観 (わがじんせいかん) von Sakaguchi Ango (坂口 安吾) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 10.735 Zeichen · 22 Bildschirme

Aozora Bunko

この時は、やや爽快である。疲れが、眼からだけでなく、頭全部からも、やや、ひいたように思われる。

「魚の目だ」

私は、そう考える。水にぬらしたからではなく、乾いて、風に吹きさらされて、ザラザラ痛いから魚の目なのだ。死んで、乾いた、魚の目。

「芭蕉の奴、乾物屋の店先で、シッポを荒縄でくくってブラ下げた塩鮭を見やがったのかも知れないな」

私は忘れていたのである。魚の目というのは、お魚の目の玉のことではなくて、足にできる腫物のような魚の目のことだろう。しかし、どうも、そう分ってみると面白くない。お魚の目の玉であってくれると、私の方にはピッタリするのであった。

女房は東京へ出かけて行った。

南雲さんの診断も同じで、即日、ダタイ手術したそうだが、胎児はすでに死んでいたそうである。

「ダタイ手術も、お産も、疲れは同じことです」

と、天城さんは女房に同情した。私は哀れを覚えて、使いの者にさらに余分の金を届けさせたが、女房は雑誌社からも原稿料をとりよせ、退院と同時に銀座に現れ、所持金使い果して、悠々御帰館であった。

女房は私に買ってきたミヤゲの品をくれたが、ダタイ手術の報告は一言もしなかった。