Japanische Klassiker mit Furigana
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わがじんせいかん
我が人生観
Lesen Sie 我が人生観 (わがじんせいかん) von Sakaguchi Ango (坂口 安吾) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 10.735 Zeichen · 22 Bildschirme
私ひとりに対してなら、私は苦痛を感じ、その偏った愛情を憎んだであろうが、他の多くのものにも善意と愛情にみちているので、身辺にこのような素直な魂を見出すことは、時々、私にとっては救いであった。
私のようなアマノジャクが、一人の女と一しょに住んで、欠点よりも、美点に多く注意をひかれて、ともかく不満よりも満足多く暮すことができたというのは、珍しいことかも知れない。
女房は遊び好きで、ハデなことが好きであったが、私に対しては献身的であった。ふだんは私にまかせきって、たよりなく遊びふけっているが、私が病気になったりすると、立派に義務を果し、私を看病するために、覚醒剤をのんで、数日つききっている。私はふと女房がやつれ果てていることに気附いて、眠ることゝ、医者にみてもらうことをすすめても、うなずくだけで、そんな身体で、日中は金の工面にとびまわったりするのであった。そして精魂つき果てた一夜、彼女は私の枕元で、ねむってしまう。すると、彼女の疲れた夢は、ウワゴトの中で、私ではない他の男の名をよんでいるのであった。
私は女房が哀れであった。そんなとき、憎い奴め、という思いが浮かぶことも当然であったが、哀れさに、私は涙を流してもいた。