Japanische Klassiker mit Furigana
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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
Lesen Sie 我が愛する詩人の伝記 (わがあいするしじんのでんき) von 室生 犀星 (むろうさいせい) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 116.728 Zeichen · 231 Bildschirme
それは原稿料というものをあれほど無邪気な作家達であっても、おれは幾ら取っているなどとは決して言わないのと同じくらいである。しかし藤村くらいになり春夫と犀星にたのめというのは、自分が書かないお弁茶羅みたいな言葉であり、後進を引き立てるにも役立つ有為の言葉のつもりらしかった。それよりもっと確かなことは、島崎藤村という大家にも、後進をたいせつにひいき目に見ていることと、それによって彼自身も幾らかの愉しさを感じることも、私にはうかがわれた。
私はこの話を三十五年後のこの頃の或る日に、横山美智子から聞いて、藤村の頭にちょっぴり私という作家が存在していたことが、かえり見て喜ばしかった。横山美智子からこの話をきかなかったら、私は何にも知らずにいたであろう。私はその折原稿を断ったのはあなたが十九歳の若さで、ふらふら婦人記者なぞなすっていらっしったから、そこらで原因不明のやきもちがあって、あんなに素気なくお断りしたのかも知れないといった。
藤村がいろいろな人から窮屈がられていたことは、藤村の文章のせいであり、むやみに大声で笑ったり人のきげんを取るがわの人でない、作家として相当我ままで自分のふだんのものを殺さないで、暮らしていたらしかった。