Japanische Klassiker mit Furigana
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しどうしゃとしてのてらだせんせい
指導者としての寺田先生
中谷 宇吉郎
Lesen Sie 指導者としての寺田先生 (しどうしゃとしてのてらだせんせい) von 中谷 宇吉郎 (なかやうきちろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 4.207 Zeichen · 9 Bildschirme
先生のレーリー卿の伝記の中に、卿がゼー・ゼー・トムソンを指導したやり方について、「自分の都合だけ考える大御所的大家ではなかった」と書かれているのは、私共には全く先生の姿のように見えるのである。
若い仲間の集りにありがちなこととして、時には情熱的な興奮をもって誰かの行為に対して批難がましい話をするようなこともあった。そのような話が先生の耳に入ると、よく先生は、「相手の人の身にもなって考えなくちゃ」といわれたものであった。そのような一言半句にも先生は極めてプラクチカルな指示を与えられた。相手の身になって一応考えて見ることによって、つまらぬ心の焦燥を霧消させ得た経験はその後限りなくある。私が理研の研究室を辞して今の所へ赴任した時に、先生から戴いた訓えはこうであった。「君、新しい所へ行っても、研究費が足りないから研究が出来ないということと、雑用が多くて仕事が出来ないということは決していわないようにし給え」といわれたのであった。教室の創設当時の雑用に追われている中にも、時々先生のこの言葉が閃光のように脳裏に影をさして自分を救ってくれたことも算えられない位である。