Japanische Klassiker mit Furigana
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にほんイデオロギーろん
日本イデオロギー論
戸坂 潤
Lesen Sie 日本イデオロギー論 (にほんイデオロギーろん) von 戸坂 潤 (とさかじゅん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 263.376 Zeichen · 511 Bildschirme
常識のリード的概念が実はイギリス風の経験論をその踏台として有ち、経験論の直覚主義的な変容とも見ることが出来る所以はすでに述べた。シャフツベリ卿やハッチスンは云うまでもなくケンブリッジ・プラトニスト風に、多少ともプラトン的乃至はプロティノス的であって、その動機から云えば経験論の反対者として現われる外貌を有ってはいるが、それがリードによって、単に審美的乃至倫理的宗教的なものから、知的判断にまで一般化され拡大されるに及んで、遂に常識というそれ自身極めて経験的で日常的な概念にまで到達したのである。大陸風の合理主義とハッキリ対立する点に於て、この概念の経験論的本質は疑う余地はあるまい。一切の人間が、総平均人としての社会の各個人が、その日常の経験によって、何が美であり醜であり、何が善であり悪であり、何が真理であり虚偽であるかということを、理窟なしに、無条件に、直覚的本能的に、判定出来るということが、この常識の職能に他ならない。凡ての人が経験的に客観界の実在を信じるのが常識になっているが、リードは単にこの日常経験の根拠を、人間の心に予め横たわる内的直観に求めたに過ぎなかったのである。